レコード演奏会平日木曜分科会 プログラム


主 催 SP・LPクラシックレコード音楽研究会 代表丹野井松吉
会 場 東京都台東区蔵前三丁目17番4号 蔵前妙見屋ビル4階
音pub Westminster house
電話090-3345-2124
(地下鉄大江戸線蔵前駅下車2分、寿三丁目交差点1階花屋)
会 費 各1,000円


曲目と演奏

[指揮者紹介]
 クナッパーツブッシュは、ワーグナー絶頂期の彼の忠実な弟子にして右腕・第1回バイロイト音楽祭、ニーベルングの指輪」全曲世界初演指揮者ハンス・リヒターに学び、20世紀初めのバイロイト音楽祭の雰囲気に親しんだ。
 その後ミュンヘン歌劇場の音楽監督など要職を務める。クナッパーツブッシュのバイロイト初登場は意外に遅く、戦後の1951年。
 高潔でありながら、音楽上の権勢欲、そして情欲を抑えきれぬ葛藤に生きた「指揮界のウォータン」フルトヴェングラーに対し、愛する音楽のために音楽への献身を続けた名職人、指揮台上のみで王者としてふるまった「指揮界のハンス・ザックス」クナッパーツブッシュ。その芸風は素朴ながら極めて緻密・雄大である。

開催の日程


  1. 2019年10月10日(木)午後6時から午後9時ごろまで
    ワーグナー、さまよえるオランダ人
    クナッパーツブッシュ、バイロイト(1955)
    ウ-デ、ヴァルナイ、ウェーバー、ヴィントガッセン

    ▼番郷本の解説

    1. 番郷本の「さまよえるオランダ人」解説

    「さまよえるオランダ人」はワーグナー初期の傑作。神の呪いを受けたオランダ人の船長が、乙女の自己犠牲により救済されるという物語である。

    1839年、20半ばの若きワーグナーは、バルト海沿岸の都市リガからパリに向かう船中で、水夫たちすら未経験の壮絶な嵐に会った。彼は死も覚悟し、同乗した彼の妻は彼と一緒に死のうと布で二人の体を結ぼうとしたほどのこの経験は、彼の精神に決定的な影響を与えたのではないか。
    これを契機に、彼の作品は殆ど別人のように説得力を強めた。あたかも、何か名状しがたい想像力の源泉に通じる回路が、彼の頭の中に開通したかのように。これ以降、その音楽は、聴衆の心をえぐるような深みと真の迫力を獲得した。1943年初演の「オランダ人」はその最初の成果である。
    これに近い作曲家の突然の進化の例は、ブルックナーの第5交響曲。この曲以降、やはり彼の曲も別人のような境地に達する。しかしこの話はこの場ではここまでとする。

    過去の話で恐縮だが、このオペラでは、私は1998年のベルリン・ドイツ・オペラ来日公演のゲッツ・フリードリッヒ演出をいつも思い出す。
    第2次大戦のころ、ユダヤ人を乗せた客船が各国で上陸を拒否された「さまよえる航海」事件に着想を得たこの演出に、私は震撼した。
    あれから20年以上たち、時代も変わった。あの演出の魂を生かし、以下現代の日本に置き換えた、私なりの「さまよえるオランダ人」の演出プランを以下掲載する
    「パルシファル」同様、ここにも私のワーグナー観が現れよう。

     

    [第1幕]
    舞台は日本の港湾都市。海運会社の社長室。社長ダーラントと秘書の舵手が在室。
    この幕では、航海を会社経営と読み替えてある。また、ダーラントの動向・決定は、秘書からのメール通信により、即座に社員に社内報として伝達される。
    ダーラントの会社は経営が苦しく、起死回生と頼みにしていた計画も不調。が、彼は強欲ながら楽観的。もっと楽観的な舵手(ここでは秘書として登場)と雑談。(ここでは、秘書は、昼寝の代わりに、経営にとっては昼寝に等しい机の掃除などの雑務をしている)。大きなアポイントを失念していた舵手は、幽霊船(不気味な黒いリムジン数台とする)の到着に驚く。
    自らの不始末で地元を汚染し、大量の産業汚染廃棄物処理に苦悩する若き大経営者オランダ人登場。地元住民とそこでの言い伝えを聞き流したばかりに、大きな自然災害による環境汚染事故に対処できなかった倫理的な苦悩と廃棄物受け入れ先の不調を歌う。周りのリムジンに乗るのは、経営のため、一刻も早い廃棄物投棄を、投機先の環境問題などを無視して強行したい、むしろオランダ人の監視役の幹部や出資者・株主たち。
    オランダ人は、汚染された産業廃棄物投棄の企画をダーラントに提示。莫大な利権。沈滞した会社には朗報。地元も潤う。オランダ人の私財は、地元財閥のエリック家とはけた違いに巨額。オランダ人は、社長室の机の上にある、数々の写真(後述)に囲まれたゼンタの写真を見て、彼女ならばもしや自分を救うかもと思い彼女に求婚。結婚によりこの財産がもし我がダーラント家に入れば! 欲に目がくらんだ彼は、あまり考えず、オランダ人を自分の娘に紹介しようとする。1階ロビーでオランダ人を見送る社員。社業隆盛を寿ぐ社員の歓声。幕。

    [第2幕]
     ダーラント家が副業として経営している伝統あるミスコン専門学校が舞台。
    女性たちは、糸紬ぎの代わりに、着物の着付やウォーキングの練習、お茶やお花、料理の練習。休憩中の娘たちは弛緩。ミスコン情報雑誌や下らないファッション誌を読んでいる。知性の欠片もない。ダーラント家の娘でいまだ大変旧弊な考えを持っている女校長マリーは、ミスコンと花嫁修業を兼ねた日々をゼンタに強制。
    ゼンタはむしろ父の海運業に興味がある。海運業で社会貢献ができないかと研究、そのため自らも船舶免許を取得。ミスコンに軽蔑を抱くゼンタが読んでいるのは、大災害に、被爆をものともせず敢然と立ち向かった若き社長オランダ人の苦闘を美化した書籍。壁には、オランダ人の絵ではなく、彼が自らも被爆者差別の中愛する人から婚約を破棄され、しかし環境浄化と戦うインタビュー番組を放映し続ける大型タブレット。ゼンタの居場所の近くには、長崎原爆の時負傷を押してけが人を助けた永井隆博士、アウシュビッツでユダヤ人の代わりに犠牲になったコルベ神父、ナイチンゲールなどの写真、船舶免許などが額に入れて飾られ(これが1幕でオランダ人が見た写真)、ゼンタの内面性を表す。
    地方名士の子エリックを、古くからのいいなずけとされ、いやいや受けたものの狭量な性格・環境問題に関する意識のあまりの低さなどから、彼女には鬱陶しい存在。
    ダーラントが連れてきたオランダ人を見たゼンタは、タブレットの中の人が現れ驚愕。オランダ人の高貴な魂に触れ、生涯を共にしようとする。

    [第3幕]
     数日後、オランダ人が乗船した船を旗艦とした幽霊船団(廃棄物を積んだ船団として現れる)が港に着岸している。ダーラントの会社に払われた莫大な前受け金により、港の盛り場は大盛況。一方岸壁には、周辺土地の資産価値が下がるのを恐れた地元住民の廃棄物投棄反対デモの集団。海産物の風評被害・価格低下を懸念した地元漁民も会場で幽霊船を取り囲みデモの仲間に加わっている。現場は酔っ払いとデモ隊の怒号が入り混じった。
    やがて幽霊船から屈強なガードマンたちが出て来て岸壁の一角を占拠。札束をばらまきデモや漁民を買収し始める。警察も出動し大混乱。収拾がつかないところに、「私たちの街を汚すな。未来を汚すな。」と掲げた子供たち(黙役)の大デモが登場。赤ん坊まで背負って動員された子供たちの怒りの迫力に、幽霊船員・反対デモ・漁民・警察みな敗北しほうほうの体で、さながら「薔薇の騎士」第3幕でのオックスのように、退場。
    一応舞台は沈静。エリックが、タブレットを手にした幽霊船に乗り込もうというゼンタを引き留める。タブレットに被爆者差別の場面が映っているのを見たオランダ人は、過去のトラウマかフラッシュバック。やはり君も差別する側だったのだ、と身投げ。
    が、ゼンタは海岸から飛び込み、オランダ人を救出。
    意識を失ったオランダ人を担ぎ上げ、近くに接岸していたダーラント海運会社の小船舶を運転し、海上遥か何処までも進み、小船舶は観衆の視界から消える。どこか遠い所で、遠い島でずっと暮らしましょう。二人なら、きっとどこででも生きて行ける・・。
    かすかに夜が明けてくる。夜明けの空に、二人が手をつないだシルエットがぼんやりと、見えてくる。 幕。

    この演出プランでは、オランダ人が、「パルシファル」のアンフォルタスのようだ。
    実際、設定の幾分かは、最晩年のパルシファルでも使われている。船員は聖堂騎士団の、2幕の女声合唱は花の乙女の原型のように見える。
    「オランダ人」がパルシファルの原型とまでは言えないが、少し手を加えれば、「オランダ人」の後日談が「パルシファルという設定も成立するのではないか。
    この伝で言うと、クンドリーよりもゼンタのほうが若くて情熱がある。運命に立ち向かう力も十分にありそうだ。そこで、何とかオランダ人もゼンタも生き抜いて幸せになってほしい、その思いから、結末はハッピーエンドとした。
    この部分は、特にフリードリッヒ演出へのオマージュになった。
    泉下のフリードリッヒさん、ご笑納下さい。
    以上


  2. 10月17日(木)午後6時から午後9時ごろまで
    ワーグナー、タンホイザー
    コンビチュニー、シュッターカぺレベルリン、ベルリン国立歌劇場(1960)
    ホップ、グリュンマー、フィッシャーディースカウ、ヴンダーリッヒ、フリック

    ▼番郷本の解説

    2. 番郷本の「タンホイザー」解説

    「タンホイザー」は、ワーグナー30代初めに作曲の歌劇。ヴェーヌスの歓待を受けたことで責められる主人公が、乙女の自己犠牲で救われるというストーリーだ。

    このオペラの序曲は、オペラ本体よりもはるかに有名だ。冒頭の荘厳な巡礼の合唱のメロディーは、数年前の唐沢版「白い巨塔」の冒頭にも使われた。
    この序曲、中間部ではヴェーヌスの住居ヴェーヌスブルグでの歓楽を表す音楽になり、そして再び巡礼の合唱のメロディが戻ってくる。
    しかし、音楽は、これで単純に巡礼のメロディーが歓楽のメロディーを制圧した、とはならない。ほとんど最後まで、歓楽のメロディーの残滓が巡礼のメロディーに絡みついているように私は聞こえる。どうしてこんな割り切れない音楽を、ワーグナーは書いたのか。
    知性と良識に対する官能の相克ととらえる向きが多い。理屈の上ではスッキリもする。
    しかしそれでいいのか?何かモヤモヤする。

    中島敦の小説に「悟浄出世」という作品がある。西遊記で有名な沙悟浄が、三蔵法師に仕えるまでの話だが、ここでの沙悟浄は、自己不安に苛まれているキャラクターとなっている。自分のいるところにいたたまれなくなり、自己存在の意味を探索するため、各地の賢人・道士を回り、結局三蔵法師に出合い天竺を目指すも、いまだ自己の意味は発見できず中途半端なまま旅を続けている、という設定だ。沙悟浄の旅は、今でいう自分探しの旅である。ユーモアもあり、名作だと思うが、彼のモヤモヤ感と、タンホイザー序曲の、そしてタンホイザー全体のテーマは、合致するのではないか、とふと思う。

    どこに行っても、ここが自分の居場所か?どうもしっくりこない。はたして自分とは?
    洋の東西を問わず、このテーマは、人類普遍のものだろう。タンホイザーの私なりの演出プランを以下記す。ある種の人は、ここに「青春」なるものを見出すだろう。

    [第一幕]
    序曲(ドレスデン版)の間に、前史が演じられる。舞台は昭和30年末~40年代の東京。
    巡礼は、地方都市からの出稼ぎ・集団就職の一団。列車から降りてくる中にタンホイザーがいる。就職まもなく、社会の理不尽さに怒り学生闘争に挺身するが、ふとしたことから盛り場の若き女ボスヴェーヌスに惚れられ、都会人の富裕な子女の集まる退廃的サロンに、ボスの寵童として逗留する。ヒッピー・サイケデリック的な踊り。乱交。
    自分の居場所はここではない、と訴えるタンホイザー。学生闘争で知り合った現地の貧しい娘エリーザベトの名をつい呼んでしまい、追放されてしまう。新空港建設反対の現地に彼は戻り、同志と再会する。幕

    [第二幕]
    新空港予定地に舞台を移す。1幕の数日後。
    カリスマ闘争指導者の領主ヘルマンと、かれのお気に入りの同志、闘争のシンボルに仕立て上げられた現地の貧しい娘エリーザベトが、今日の闘争大集会の意義について、憧れを持って歌う。華やかな行進曲と共に、学生運動各派が入場。ヘルメットにサングラス、マスクにゲバ棒姿。ヘルマンの下に闘争することを誓う。
    彼らは、巡礼=地元の貧しい人々を救うことよりも、イデオロギーという自分の居場所を確保するために闘争する。空港建設派の農民と田舎の風土を軽蔑し馬鹿にしつつ、守るべき農地を自分たちのイデオロギーのために、手段として蹂躙しつつ、闘争大集会は進行する。
    そのクライマックスで、主義思想を述べるアジテーション演説合戦が始まる。タンホイザーの親友ウォルフラムは共産主義の未来を美しく歌う。しかし、ウォルフラム始め、やはり都会のインテリ富裕層の観念的思考もわずかに交る演説にタンホイザーはピンとこず反感を覚える。
    ここも自分の居場所ではない!タンホイザーは、あえて資本主義と退廃・歓楽の喜びを歌い上げ、周囲は激怒。総括!自己批判せよ!ブルジョア腐敗分子!の怒号が飛ぶ。窮地に立たされる彼に、田舎の少女エリーザベトが彼に救いの手を差し伸べる。外国で貧しい人のことを、そして彼らを、そして私たちのこの農地を助ける方法を見つけてきて!
    タンホイザーは、除名され、追放される。 幕

    [第三幕]
    2幕の数年後。新空港予定地。
    ウォルフラムとエリーザベト。
    駅で二人はタンホイザーが降りてこないか待つ、が巡礼しか降りてこない。
    ウォルフラムはエリーザベトを愛するが、彼女の心にはタンホイザーがいると察するウォルフラムは、悲しい歌を歌う。
    地元の農地は闘争で荒れ、収穫も減り、エリーザベトの家も破産。
    学生運動の主義と、地元の様々な事情とに板挟みになり、両者の調整を頼まれた彼女は、ストレスが重なり、精神不安定に。
    ウォルフラムは、医師となり、現地の病院に勤務している。彼女を診察し薬を渡すが彼女の心の病は重い。
    エリーザベト退場。
    直後、タンホイザー、瀕死の状態で運び込まれる。(演出意図によりヘルメットとゲバ棒の格好で登場)。さっきの列車の中で倒れていた。救急するウォルフラムに彼はこう話す。
    自分は、貧しいアジアの国を巡った。共産主義国家も回った。貧しい民衆を助けようとあらゆる事を学習した。
    しかしどの国にも、自分の居場所・自分が理想とする社会がない。革命政府の指導者からも、自分の生き方は断罪された。今となってはヴェーヌスブルグに帰るしかない・・
    譫妄状態になった彼は、エリーザベトの名を聞くと、我に返り、彼女にせめてもの償いをしたかったと、所持していたものをウォルフラムに渡し、死亡。
    前後してエリーザベトも病院で死亡。
    所持していた、アジア中の植物の種を、ウォルフラム始め地元住民は闘争で荒れ果てた地に植える。見る間に植物は舞台中に繁茂し、きれいな森を作る。森中に花が咲き誇る。

    巡礼たちは その緑で食事を作り、服を作り、家を建てる、貧しい風土が肥沃な、彼らの居場所となったのだ。
    学生運動参加者は、彼らのコスチュームを脱ぎ捨て、その場で就職スーツに着替え、長髪の髪を切り、現地の緑の繁栄には目もくれず。都会での、自らがついこの前まで打倒を誓った、支配者側の宮廷に入ってゆく。イデオロギーも平気で脱ぎ捨てる、それが彼らの居場所なのだ。この2つの場面が、最後の合唱の場面で同時に演じられる。ウォルフラム一人、これらの‘奇跡’をただただ現地の医師として見守っている。 幕


  3. 10月24日(木)午後2時から午後5時半ごろまで
    ワーグナー、ローエングリン
    ケンペ、ウイーンフィル、(1962-1963)
    トーマス、グリュンマー、フィッシャーディースカウ、ルートヴィヒ、フリック

    ▼番郷本の解説

    3. 番郷本の「ローエングリン」解説

    「ローエングリン」は、ワーグナー中期の傑作。白鳥の騎士ローエングリンに助けられたエルザ姫が、彼の名前を問うという禁じられた行為を成したため、騎士と別れてしまうという物語である。

    このオペラでは、古来よりある、鶴の恩返しなどの「見るな」の物語パターンが使われているが、注目は2幕での、エルザに禁じられた問いかけを導く、悪女オルトルートの注目すべきセリフ。彼女はこう言って、エルザの心を揺さぶる。
    「どこから来たかわからない人なら、いつどこかに行くかわかりませんよ」。
    このセリフは凄い。人を本当に好きになったことのある人なら、もしあなたがエルザなら、ローエングリンが言う禁問の誓いを永遠に、守れるだろうか?
    このセリフを聞き、エルザの心は、徐々に、愛する人を失うのでは、という不安に蝕まれて行く。

    このオペラとワーグナーの次回作「トリスタンとイゾルデ」では。ワーグナーが追及していた2つのテーマ、愛の断念と自己犠牲がほとんど見らず、その代り、愛が罰されるというテーマが表に出てきている。彼の心の中に何が起こったのだろうか?

    ここでも私の演出プランを記す。なお、文中に現れる脳震盪云々は、私の経験から取った。
    ラグビーの練習中のタックル失敗のために頭を打ったためだ。倒れた際に腕も骨折し入院した。現在日本で行われているラグビーワールドカップは大人気だが、よくあれだけのタックルで骨折も失神も(殆ど)無いものだと驚くばかりである。余談になった。今は2019年10月17日。さて日本ラグビー、どこまで行くか!?

    [前史・前奏曲の前に黙劇で演じられる]
    中東大産油国の王族にして駐日大使の息子ローエングリンは濃霧の中運転中、人気のない田舎道で自動車事故を起こす。彼は必死の応急措置を施すが、観光のため湖に向かう途中の対向車を運転していたエルザの母親は死亡。弟ゴッドフリートは瀕死の重傷。このあと彼は、ほとんど誤解から、エルザのために母親が死に自分も傷ついたという観念に取りつかれる。後部座席のエルザがちょっとしたことを運転席の母親に話しかけ、わずかに振り向きかけた瞬間の事故であったのだ。叔母のオルトルートが、エルザ家の不和をたくらみ「ゴットフリート、あなたの姉には注意。いつか自分のためにあなたとあなたの母を殺すだろう」などとあることないことを吹き込んでいたのがここで効いた。オルトルートの呪いがこれである。エルザは、脳震盪を起こし、一瞬失神。
    [ここで第一幕の前奏曲始まる]
    白い霧の中から次第に現れ助けに来てくれた彼のぼんやりとした顔と姿が、エルザの記憶に残る(脳震盪からの回復過程では、白い霧が少しずつ晴れるように意識が回復することがある)。その時、加害者のローエングリンと被害者のエルザは、しかし何という運命か、その時、二人とも一目ぼれ。二人は恋に落ちてしまった。しかしエルザは再び失神。
    その間もなく、ローエングリンは有無を言わさず同乗の屈強なSPの運転により、警察への報告もなく現場から去ってしまう。ゴッドフリートは連れ去られた。エルザは救助される。

    [1幕]
    寂れた町の体育館。集会。閉鎖的な村であり、ほとんどが親戚。顔見知りばかりの集会。
    本家の娘エルザに対し、分家の息子ディートリッヒとその妻オルトルートは、エルザの母の死に乗じ、本家の持つ広大な土地を相続し、かねてから計画をしているが、村民賛否両論の再処理工場建設問題を一気に決着、建設にもっていこうと考える。
    窮地に陥ったエルザは、ぼんやりとした記憶の中の白鳥の騎士ローエングリンを呼ぶ。
    近くの地方空港に白鳥状の白いステルス機で、ローエングリンが陪臣一行と共に登場。目もくらむ財産と利権をもって、エルザに会いに、また母親の贖罪に再びこの地を彼は訪れる。
    「調査の結果、ここにディズニーランドの数倍の、世界一のテーマパークを作ることにする。世界中の観光客を招く。一気にこの地方は振興する。」土地の買収金等の名目で、ローエングリンはディートリッヒとの決闘の前に膨大な金銭・財宝を配布。村長も村議会も村民も一気に味方につける。
    決闘は、相続権争い。ローエングリン側の雇った最強の弁護士・司法書士団は、一気にディートリッヒ側の田舎司法書士を圧倒。エルザが勝つ。最後に激高して殴りかかる元村の力自慢ディートリッヒをローエングリンは難なく取り抑える。
    舞台背景一杯に、ノイシュバンシュタイン城のコピーをその中核に置く、広大・壮大なテーマパーク「エルザランド」の設計図と完成想像図が、垂れ幕のように降りてくる。エルザとローエングリンは抱き合う。村民たちの大きな歓呼。幕

    [第2幕]
    建築中の「エルザランド」現場。建設中。村民、そしてローエングリンの母国などから雇われた外国人作業員たちが和気藹々、喜々として働いている。テーマパーク内の大聖堂とホテル&結婚式場は、先行し建設。あっという間に完成。
    夜霧に任せ、ディートリッヒとオルトルートの悪役夫婦は、建設現場を妨害しようとしてみみっちい破壊工作。だが失敗。警備員に敷地内から追い出される。このままでは引っ込みがつかない。再処理工場建設企画に加担し、今回のエルザランド建設受注から外されたディートリッヒ側の業者たちと復讐をたくらむ。オルトルートは、優しいおばさんを演じエルザに言葉で毒を吹き込む。自分の名と出自を問うなという禁問の約束を守るのは大事。でもね、「どこから来たかわからない人なら、いつどこかに行くかわかりませんよ」ご心配ですね、と。
    そのあと、見せ掛けでエルザに屈従するオルトルートの感情が爆発。この企画はすべて詐欺だ。完成すると、外国人労働者が居座り、我々の土地の伝統が奪われる、とし村人の共感を乞う。自分を分家の嫁として差別し、屈辱を与える元になった土地の伝統を守れ、という彼女の偏狭さと愚かさ。自分を差別するものに助力を乞う哀れに、本人は無自覚。これが、オルトルートにも、そして我々にも掛けられた「古い魔法」である。保安上再処理工場なら外国人労働者は使えない。雇用も外国人を排除し安定させる。変わらない日本を守ろう。
    騒ぎを聞きつけた村長たちがその場を収集。エルザとローエングリンは大聖堂視察に向かう。しかし、エルザの心は、徐々に、愛する人を失うのでは、という不安に蝕まれて行く。

    [第3幕]
    「エルザランド」内「エルザホテル」スイートルーム
    エルザランドは落成式直前。
    結婚式が終わり、エルザとローエングリンはスイートルームに残る。
    オルトルートにより、エルザに植えつけられた疑いの花は成長し、彼女の心中で毒の花を咲かせる。エルザは、遂にローエングリンにその名を、そして出自を問うてしまう。
    同時に、ディートリッヒと彼の意をくむ反社会的ゼネコン業者たちがが、一か八かローエングリンを殺害しようと部屋に乱入。ローエングリンは、暗殺防止用に携行している最新型の強力な護身用ガスで彼らをやむなく全員失神させる。彼はその直後市民向けの落成式に臨む。
    落成式の彼の挨拶は、別れの挨拶となる。
    村民はじめ、皆さん、私は去ります。
    白いステルス機がまたも空港に着陸。
    エルザに話す。残念だが、もう終わりです。何故?実は私はあなたの母親を殺した男です。あまりのことに驚くエルザ。ローエングリンは続ける。母親を殺した男と知り、なおあなたは私を夫とするか?あなたは祝福された花嫁となるか?また、私はあなたの弟を負傷させた。しかし彼は、私にではなくあなたに恨みを持っている。あと1年あれば、負傷も完全に回復し、あなたを恨む誤解を解く精神的治療も完了したのに。
    弟をお返しします。ステルス機から、頭を包帯でまいた弟ゴッドフリート登場。今から「エルザランド」はあなたとあなたのお母様のためにずっと残します。永遠に繁栄するようにゴットフリートにはこの世の総ての経営術と資金・スタッフを預けました。ゴッドフリートのあなたへの誤解が早く解けるといいのですが・・・。霧が出てきました、早くいかないと。残念です。ローエングリン退場。崩れ落ちるエルザ。
    住民は、エルザを無理やり引き摺り起し、正門前の正式落成式会場に引き立てる。彼らは彼らの「古き魔法」の繁栄のためならだれがどうなってもいい。まして本家の長男、総領息子の帰還はめでたい。完成の途端に外国人労働者排斥を訴える村人の一部。一方親切な彼らに共に村の未来を築こうとする若者。その間に小競り合い。これを見守るゴットフリート。
    霧の中、ゴットフリートがテープを切り、大落成式。事情を知らない貴顕・議員有力者・また多数の作業員が入場し、場内の美しさに感嘆・歓呼の声。深まる霧の中、場面は、倒れ伏すエルザと、憎しみと当惑の入り混じったまなざしで、彼女をずっと見つめ続けるゴットフリート二人しか見えなくなる。このまなざしはずっと続くのか、それとも・・・。あたりは夕闇が迫り、 霧は夜霧に変わってゆく。  幕

     


  4. 10月31日(木)午後2時から午後5時半ごろまで
    ワーグナー、トリスタンとイゾルデ
    クナッパーツブッシュ、バイエルン国立(1950)
    トレンプトウ、フランツ、ブラウン、シェフラー

    ▼番郷本の解説

    4. 番郷本の「トリスタンとイゾルデ」解説

    「トリスタンとイゾルデ」は、ワーグナー中期、かれの40代半ば、油の乗り切った時期の傑作である。愛し合ってならない二人が媚薬の力によって結ばれ、やがて悲劇的な結末を迎える、という悲恋ストーリーである。

    この時期、ワーグナーは自分のパトロンである大商人オットー・ウェーゼンドンクの妻マチルデと不倫関係となり、この経験が、作曲に大きな影響をもたらした、と言うのが通説である。しかし、これは逆ではないのか?と私は考える。

    芥川龍之介の「地獄変」、菊池寛「藤十郎の恋」。この2作はいわゆる「芸談もの」の名作と言われる。前者は、絵の描写のために実の娘を牛車の中で焼き殺す絵師の話であり、後者は不倫をする男の役作りのため、あえて自分のファンの人妻に恋を迫り、その意図が露見し人妻は自殺するが演技は絶賛されるという話である。

    ワーグナーはむしろ、トリスタンとイゾルデのためにマチルデと不倫したのではないか、と思う。上の2作、特に「藤十郎の恋」は、当時のワーグナーの置かれていた立場と心情をそのまま借りたような設定である。
    超一流の作家にとって、この世は仮の世、作品の中こそがその作家が本当に生きている世界である。現実よりも、生きることよりも執筆が大事。執筆時以外は抜け殻。そのような作家の仕事ぶりを、私はその横で数々経験した。

    とはいえ、その甲斐あってか(?)、作品は法外な傑作となった。
    彼の作品の中では、私は「名歌手」「神々の黄昏」が特に好きだが最も傑作は?と問われると「トリスタン」と答えざるを得ない。これは好き嫌いを超越している。

    以下、私の演出プランを記す。ご笑覧頂ければ幸いである。

    [第1幕]
    瀬戸内海を回る病院船。トリスタンとイゾルデは二人とも若き医者、乗船している。
    終着港のA市の地方都市に向かう。旅客・患者たちも乗っている。急な患者に対応し、医師不足のため治療にいそしむ二人。しかし二人は目も合わせない。

    トリスタンは離島出身、県庁所在地にあるA市の名門高校に通学。
    高校時代、イゾルデのかつての恋人タントリスは、トリスタンとの奨学生募集試験に負け自殺した。その場で出会ったトリスタンとイゾルデは一目ぼれ。しかし、イゾルデは一緒にいたトリスタンが奨学金ほしさに自殺を止めなかったのではと疑い、トリスタンを憎んでいる。
    その後トリスタンは奨学金でA市医科大学に進学し、のち大学病院で勤務。へき地医療体制の確立が彼のテーマ。自分の父親が遺した故郷の離島の診療所も復活させるのが夢。イゾルデはトリスタンと地元ですれ違っても無視を続ける。
    それから数年。悲しみを忘れるため、またトリスタンへのあこがれを隠すため東京の大学病院で医療一筋のイゾルデにソフトな見合い的な話。相手は大病院、A市医師会長の息子でA市医科大学教授のマルケ王、最近妻を亡くした。のち添えを、ついてはイゾルデはどうかと恩ある医師会長からトリスタンに相談。僻地離島医療体制確立には、現地医師会と医科大学の協力は不可欠。イゾルデへの思いを断ち切る機会とも考えトリスタンは賛意を示す。イゾルデの父も同地区の開業医。縁談を断り続ける娘なので不安だがA医科大学先輩の会長の息子とあれば願ってもない。嫌がる娘の性格を知り、タントリスと娘の関係も知らなかった父は、逃げないようにと同期のトリスタンにA市までの同行を依頼。何故か同意するイゾルデ。親友のブランゲーネも付いてくる。離島時代からのトリスタンの幼なじみでやはり医者になったクルウェナールも同行する。4人はA医大の同級生でいずれも東京で医師として活躍している。
    地元に帰って相手に会うと、周りからの圧力で運命が決まってしまう。思いつめていたイゾルデは、かねてから所持していた劇薬で服毒自殺を試みる。しかし察知したブランゲーネは、劇薬を睡眠薬に入れ替え。睡眠薬から覚めた二人は愛し合う。入港まじかになり細やかな地元医療のために命が助り退院した人やその家族は、マルケ王の腕とその病院と地方医療をたたえる。幕

    [第2幕]
    A市郊外。岬の先の見捨てられた朽ち果てた大豪邸。旧軍の高級将校用の遊休施設のスイートルーム。
    ブランゲーネは、二人を割りなき仲にした負い目から、二人の密会場所への往復の運転手を引き受ける。電気がないので松明の代わりに車のライトで照らす。二人の愛の交歓。
    高校時代に、イゾルデに恋したが相手にされず、今はマルケ王の病院の事務職員をやっているメロートの嫉妬交じりの調査で、二人の逢引の現場が見つかる。学生時代からトリスタンの人柄と腕を買っていた同行のマルケ王は落胆する。ゆくゆくは自分の病院を継がせようと思っていたのにこんな醜聞が出てはもうだめだ。トリスタンは岬から飛び降り。幕

    [第3幕]
    トリスタンはA県離島の休業中の草も生え廃屋となりかけた元診療所の奥のベッドで療養中。脳を損傷し、さまざまな幻想を見る。
    付き添いのクルベナールは看病しながら心配している。「診療所に医者が来た」とのうわさで、様々な患者が遠くからやって来る。緊急な患者が多く、クルベナールは診療しながらの看病となる。
    船でマルケ王たちが登場。トリスタンの死。クルベナールとメロートは喧嘩、格闘。マルケ王に同行した医師たちとクルベナールを守ろうとする島民との戦闘となる。やがて争っている二人は取り押さえられ、マルケ王たちに鎮静剤を打たれ失神、退場。
    イゾルデの愛の死。ここでトリスタンの魂と一緒に彼の夢をつなごう。引きも切らない患者を診療しつつ、診療時間が終わり、ゆっくりと扉が閉まる。扉には、古い字で「トリスタン診療所診療時間10時半から16時、ただし急患はいつでも可」とあったが、イゾルデが「イゾルデ」と書き加え「トリスタンとイゾルデ診療所」と変えられている。 幕


  5. 11月7日(木)午後6時から午後9時ごろまで
    ワーグナー、ラインの黄金

    ▼巌谷島照久の解説

    5. 巌谷島照久の解説

    巌谷島照久のコメント
    (今回は、番郷氏に代わり、巌谷島が解説する。番郷氏からは、「妄想ばかりの解説で申し訳ない。『トリスタン』では、舞台というよりテレビドラマの演出になり恐縮だ」という申し送りがあった。番郷氏の演出プランを楽しみにしている人には[存在すればだが]お詫びする。)

    ラインの黄金 全一幕 演奏時間 約2時間30分

    [ストーリー]

    [第1場]
    舞台はライン川の水底。水中を美しく泳ぐ3人のラインの乙女たちの前に、妖怪ニーベルング族のアルべリッヒ登場。乙女たちに劣情を催し誘惑、凌辱しようとするが失敗。嘲弄され、屈辱のアルべリッヒは、彼女たちが守るラインの黄金の存在を知り、愛を断念し黄金を略奪する。

    [第2場]
    一方、天上の世界では、壮麗な神殿「ワルハラ」が完成間近。主神ウォータンは、しかしその工事費支払いの当てがなく困っている。やがて神殿を建築した巨人族の兄弟、ファーゾルトとファーフナーが登場。工事費が支払えないと聞くや、代金の方にウォータンの娘フライアを拉致して去ってしまう。ウォータンは知恵の神ローゲを召喚し、苦境を打ち明ける。ローゲはアルべリッヒが守るラインの黄金の事をウォータンに話す。
    ウォータンは、その黄金を略奪してワルハラ神殿の工事費に充てるべく、ローゲを伴い、アルべリッヒのいる地底のニーベルハイムに降下する。

    [第3場]
    ニーベルハイムでは、アルべリッヒが、弟ミーメと眷属を酷使し、ラインの黄金の加工精錬に勤しんでいる。到着したウォータンとローゲは、姦計を用いアルべリッヒを捕縛。急ぎ天上の世界に戻る。

    [第4場]
    天上に戻ったウォータンとローゲは、拉致したアルべリッヒに、解放の代償としてラインの黄金を要求。仕方なくラインの黄金、さらに至高の力をもつニーベルングの指輪をも略取されたアルべリッヒは、指輪に、死の呪いをかけ退場。ウォータンは、工事費の督促にフライアを連れて現れたファーゾルトとファーフナー兄弟に黄金を、さらに地母神エルダの警告に従い指輪をも渡す。指輪の呪いで兄弟は仲間割れし、ファーフナーは兄ファーゾルトを殺害。
    フライアを取り戻したウォータンは、息子ドンナ―にその槌の一撃で雷鳴・嵐を起させファーゾルトの死穢を払い、妻フライアと子供たちと共に、黄金を返せと嘆くラインの乙女たちの声を無視し、壮麗なワルハラへの入場儀式を行う。

    [曲について]
    超大作「ニーベルングの指輪」3部作の除夜。
    ワーグナーが30代の終わりに台本に着手。40代に入りすぐ作曲した。

    [特色]
    (1) 恋愛がない。
    オペラと台本としては極めて異例。
    「すべての物語はラブストーリーである」という考えさえある中、このオペラは出来事と権利・所有・取引という事象のみで構成されている。
      百歩譲ってファーゾルトがフライアを慕う場面は恋愛と言えるかもしれないが、これもほとんど片思い。アルべリッヒとラインの乙女の場面に至っては欲情としか言えない。 

    (2) 自己犠牲がない。
    ワーグナー終生のテーマ「自己犠牲」がない。ワーグナーとしては異例。
    これも不思議。恋愛がないので必然なのか。
    「自己犠牲」は、ワーグナーの最後の楽劇「パルシファル」にも乏しいのではとも考えられるが、ここでは、「自己犠牲」はテキストの奥に内在している気がする。

    (3) 音楽は、情景描写場面に傑出
    恋愛がない以上、これも必然か。
    よって、人の声よりも情景描写に適する器楽、つまりオーケストラ部分に名場面が続出、対して声楽部分はオケに比べて精彩を欠く(あくまでオケに比べて)。
    ホルンの重奏によって導き出される序奏、18台の鉄床がリズムを連打する凄絶なニーベルハイムへの降下・上昇の間奏曲、そして、嵐を呼ぶ鉄槌音に続く壮麗な虹とワルハラへの神々の入場の音楽、いずれもこのオペラの中の「名曲」は器楽曲である。

    [その他]
     大がかりな舞台設定と装置が必要とされるので、舞台演出家・特に装置担当にとっては垂涎のオペラだと推察する。このオペラは、特にライブで、または映像と共に体験をお勧めしたい。その意味で、ゲッツ・フリードリッヒ演出の「トンネル・リング」と、キース・ウォーナーの「トーキョー・リング」が、いずれも映像で残っていないのは痛恨の極みである。
    音だけでは、やはりこの曲の受容史を音だけで変えた、伝説的なショルティ=カル―ショー[この録音のプロデューサーだが、1950年代のウィーラント・ワーグナー、80年代のパトリス・シェローにも匹敵する演出を、音だけで成し遂げた天才である]盤を現時点では推薦する。
    しかし今回は、クナッパーツブッシュのバイロイトライブを聞くということ、本会場の素晴らしい音響で、クナのワーグナーワールドが、いかに再現されるか?この録音は初めて聞く。興味津々である。
    もし、当時クナがカル―ショーの音の演出に同意すれば(するとも思えないが)、本来はこの英デッカのリング4部作の指揮者はショルティではなくクナだった。その縁を勝手に感じ、当日は会場に向かいたい。 

    以上


  6. 11月14日(木)午後2時から午後5時半ごろまで
    ワーグナー、ワルキューレ

    ▼巌谷島照久の解説

    6. 巌谷島照久の解説

    今回も巌谷島が解説する。

    ワルキューレ 全3幕 
    演奏時間 一幕約65分 二幕約90分 三幕約70分

    [ストーリー]

    [第一幕]
    舞台は、フンディンクの館。外では冬の嵐が吹きすさぶ。嵐を表現する前奏曲。

    [第一場]戦士ジークムントは、戦に疲れ切り、外からこの館にたどり着き、一杯の水を望む。不在の主人に代わり、家を守るフンディンクの妻ジークリンデは、ジークムントを見るや恋に落ちる。ジークリンデは、立ち去ろうとするジークムントを引き留める。
    [第二場]悪役フンディンク登場。フンディンクの問いに答え、彼は自らの戦いの半生を語る。話の内容から、フンディンクは探していた敵が彼ジークムントだと知る。偶然に驚きつつ、フンディンクは、丸腰のジークムントに、明朝の決闘を申し渡し、彼を居間に残したまま、妻ジークリンデと寝所に去る。
    [第三場]武器もなく、居間に取り残されたジークムントの前に、ジークリンデが現れる。ジークリンデは、ジークムントに、謎の老人が居間のトネリコの木に突き刺して去り、その後だれにも抜けぬ剣の事を話し、そして彼に愛を告白。ジークムントもジークリンデに愛を告白。
    その時館の扉が突然開く。外はすでに春の夜。白々と輝く満月の下、二人は愛を歌い交わす。そして彼らの父がウォータンであることを直感した二人は、父が残した剣をトネリコから引き抜いた。武器はできた。これで二人の未来を切り開こう。二人は深く抱き合う。  幕


    [第二幕]
    舞台は岩山。前奏曲のクライマックスは壮絶なワルキューレの騎行動機の強奏。そのまま第一場に突入する。

    [第一場]主神ウォータンは、最愛の娘ブリュンヒルデを、息子ジークムントとフンディンクとの戦いに立ち合わせようとする。その時、妻フリッカが岩山に到着。ブリュンヒルデは退場。彼女はウォータンとフリッカとの子ではなく、ウォータンと知恵の女神エルダとの子である。
    フリッカはウォータンを責める。彼の不貞を。そして地上の世界の女に生ませた双子、ジークムントとジークリンデの近親相姦を黙認する態度を。詰め寄られたウォータンは、ジークムントが手にした剣を砕くことをフリッカにやむなく約束する。
    [第二場]不機嫌になったウォータンは、再び現れたブリュンヒルデに、半ば独り言のように、これまでの経緯を話す。ワルハラを手にするまでのこと。アルべリッヒ率いるニーベルングの闇の軍勢の攻撃に備えるため、ブリュンヒルデはじめ娘たちを戦乙女(ワルキューレ)とし、戦死した勇士たちを集めるようにしたこと。そして新たな英雄が、私ウォータンに逆らいながらしかし私のために、大蛇に変じた巨人族ファフナーから世界を支配する魔力を持つ指輪を奪うたくらみを今フリッカに封じられたこと・・・。
    [第三場と第四場(ブリュンヒルデの死の告知)]ブリュンヒルデは地上に降り、フンディンクの追手から逃げ疲れ眠ってしまうジークリンデの横にたたずむジークムントに会う。現世で戦乙女に会った人間は死ぬ定め。ブリュンヒルデはジークムントに、ワルハラでの幸福を約束する。しかしジークムントは、ジークリンデのワルハラへの同行はならぬと聞き、ブリュンヒルデの誘いを断り、ジークリンデ共々命を絶とうとする。ジークムントの愛に打たれたブリュンヒルデは、父ウォータンの命令に背き、二人を救おうと決意。
    [第五場]ジークムントとフンディンクとの戦いは始まった。まさにフンディンクを倒そうとしたジークムントの剣を、ウォータンの怒りの稲妻が打ち砕き、ジークムントは絶命。ウォータンの怒りを恐れるブリュンヒルデは、呆然としているジークリンデを抱きかかえ退場。現れたウォータンはわが息子を殺したフンディンクを殺す。そしてその怒りは、自分の苦衷の命令に背いたブリュンヒルデに向く。彼はブリュンヒルデを追う。  幕


    [第三幕] 
    岩山。

    [第一場]戦死した英雄の亡骸をワルハラに運ぶ途中、8人の戦乙女(ワルキューレ)が互いの成果を誇っているところに、ウォータンの怒りを恐れるブリュンヒルデが逃げてくる。彼女は、妹たちに自分とジークリンデをかくまうように頼むが、彼女らはウォータンの怒りを買うことを恐れ断る。絶望のジークリンデは死を望むが、ブリュンヒルデから体内に新たな命が宿っていると聞き、生きる力を取り戻しこの場から逃れる。
    [第二場]怒りに燃えるウォータン登場。戦乙女たちの情状酌量の嘆願を一蹴するウォータンの前に、覚悟のブリュンヒルデが現れる。命令違反への罰として、彼はブリュンヒルデの追放を決定する。戦乙女の妹たちはウォータンの怒りを恐れ逃げ去る。
    [第三場]ブリュンヒルデは、命令に背いたのは、ウォータンの気持ちを忖度したと主張。しかし背信に怒るウォータンは、彼女を山上の道端に眠らせ、通りすがりの男に凌辱、支配される罰を彼女に言い渡す。彼女は、せめて、無類の英雄だけが超えられる炎で周りを囲ってくれるように懇願。感動したウォータンは、火の神ローゲを召喚。ブリュンヒルデを眠らし、炎で周りを囲み、舞台を去る。  幕

    [曲について]「ニーベルングの指輪」第一夜。
    1856年3月20日に完成。
    ワーグナー40代半ばの傑作。四部作の中で最も人気が高い。
    濃厚な恋愛場面は、早くもワーグナーのミューズ、マチルデ・ウェーゼンドンクとの恋愛(たとえ大部分が脳内恋愛・性愛でも)が見えると考えるのは深読みか?
    1幕など、マルケ王が悪役になった「トリスタンとイゾルデ」のような設定のようにも見える。

    [特色]
    (1)前作「ラインの黄金」と異なり、素晴らしい愛の場面を多々含む。
    1幕の双子の兄弟の恋愛、2幕のブリュンヒルデの死の告知(ブリュンヒルデはジークムントに一目ぼれに近く愛してしまったのはテキスト上明らか。そうでなければ、次作「ジークフリート」で、目覚めた途端にジークフリートを愛する理由がつかない。ジークフリートは、双子の間にできた子供なので、父のジークムントにそっくりなのは明白。ゆえにブリュンヒルデは父の忘れ形見(?)ジークフリートを愛するのだ。しかし音楽面ではそうなっていないのが不思議)、3幕の親子の別れ、など盛りだくさん。人気のゆえんか。
    (2)自己犠牲も出てくる。
    2幕のブリュンヒルデの変心は、ジークムントを助けるための自己犠牲と読める。
    (3)声楽部分に名旋律。
    これも「ラインの黄金」と異なり、1幕のジークムント「君こそは春」、2幕のブリュンヒルデの死の告知、3幕のワルキューレの騎行、ウォータンの告別など声楽部分が著しく精彩に富む。
    もちろん各幕の前奏曲や間奏部分、ウォータンの告別の後奏など、器楽部分もたいへん充実している。

    [その他]
    第3幕冒頭の「ワルキューレの騎行」は、フランシス・コッポラ監督の映画「地獄の黙示録」で、戦闘ヘリのベトナム人襲撃シーンのバックに流され、さらに有名になったのは言わずもがなであろう。白人が、同じアジア人を、しかも無差別に、まるでシューティングゲームのように殺戮するにもかかわらず、見ていた私は(いまは無くなった京橋のテアトル東京の大画面で見た)完全にアメリカ人白人の視点に立ち、異様な興奮と高揚に包まれた。ワーグナーの毒はここにも効いている。
    閑話休題。このオペラは中でも1幕の人気が高く、1幕だけのレコーディングも多く、クレンペラー、トスカニーニ(後半部分)など、解釈は違うがいずれも素晴らしい。就中、クナの第一幕のスタジオレコーディングは、半ば神格化されているほどの出来だ。そのあとで発売された映像も。この会場で彼のバイロイトライブで全曲を聞けるのはなんという贅沢だろう。

    以上


  7. 11月21日(木)午後2時から午後5時半ごろまで
    ワーグナー、ジークフリート

    ▼巌谷島照久の解説

    7. 巌谷島照久の「ジークフリート」解説

    「ジークフリート」は、ワーグナーが40代半ばから着手。「トリスタン」「マイスタージンガー」作曲の期間10年近くを挟み、1869年に完成した。彼の50代の終わり近くまでかかった。
    結果的に超大作となったが、骨格としてはメルヘンオペラ。基本は、フンパーディンクが作曲した「ヘンゼルとグレーテル」に近い歌劇だが、「ラインの黄金」以来のニーべルングの指輪を巡る権力闘争を付加したため、構成が複雑・長大化した。かといって、権力闘争の部分を抜き取ると、ウォータンの出番がほとんど無くなり、それはそれで物語の深みが著しく欠けそうで、なかなか難しいところである。

    第一幕 約80分 第二幕 約70分 第三幕 約80分

    [ストーリー]

    [第一幕]
    山中。鍛冶屋ミーメの家。

    [第一場]まずは、舞台にはミーメ一人。折れた名剣ノートゥングの再接着に難渋し、いらだっている。そこにジークフリート登場。育ての親ミーメに不快を感じている。剣の修理が出来ないミーメとのやり取りのうち、ジークフリートは彼の生まれ、母のことなど、過去を知る。“恐れ”を知りたいジークフリートに、指輪を奪還したいミーメは、暗い洞窟の中大蛇に変じて指輪を守るファフナー退治を、奪還の意図を隠し、提案する。
    [第二場]ひとまず退場するジークフリートと入れ替わりに、さすらい人に身をやつすウォータン登場。ウォータンは、ミーメの首をかけて謎当てをする、その問答の中で、これまでのこのオペラのあらすじが語られる。ミーメは。ノートゥングの再生方法が答えられず賭けに負ける。
    [第三場]首を取らずに退場するウォータンと入れ替わりにジークフリート再登場。はかどらない名剣の再生に業を煮やし、自らふいごを回し、ミーメが失敗し続けた接着法から、剣自体を熔解→再鋳造法に変更。見事ノートゥングの再生に成功する。彼は、剣と共にファフナー退治に出発する。

    [第二幕]
    森の中、ファフナーが眠る洞窟の前

    [第一場]ジークフリートとミーメが登場。ファフナー退治の前に、ミーメは森の奥に退場。ジークフリートは、すがすがしい森の大気と小鳥の歌を楽しむ。やがて彼の角笛の音に目を覚まし大蛇ファフナーとジークフリートは対決。見事ファフナーを打ち倒す。戦闘後、偶然大蛇ファフナーの血をなめたジークフリートは、森の小鳥の言葉がわかるようになる。
    [第二場]ジークフリートがファフナーの洞窟に入っている間にミーメとアルベリッヒ登場。二人は、ジークフリートが持ち出してくる指輪の所属権を醜く争う。ジークフリートの登場の前に、アルベリッヒは洞窟の傍らに潜む。ファフナーが守護していた隠れ株と指輪を手に入れ、洞窟から出てきたジークフリートを、ミーメは毒殺しようとするが、森の小鳥の警告を聞いていた彼は毒の飲み物の勧めを断り、ミーメを刺殺する。そのあと森の小鳥は、山の上で炎に囲まれて眠る戦乙女ブリュンヒルデのことを、ジークフリートに話す。彼はブリュンヒルデを求め、炎の岩山を目指す。
    [第三場]炎の山上
    ウォータン登場。地底に眠る知恵の神エルダを起こし、神々の破滅を防ぐ知恵を問うが、はかばかしい答えは得られず、エルダは再び眠りにつく。ジークフリート登場。ウォータンは彼の前途を槍で防ぐが、ジークフリートの剣は槍を負ってしまう。ウォータンは退場。
    ジークフリートは炎をくぐり、ブリュンヒルデのもとに。目覚めのキスで彼女を起こし、彼女の不安を打ち消したジークフリートは、彼女と結ばれる。  幕

    [特色]
    (1)ジークフリートが、キスで恐れを知る。主人公の恋愛を通しての心理的葛藤を描いたのは、ワーグナーにしてこれが初めてなのではないか。このパターンは、パルシファルでは、葛藤→主人公の成長として、発展的拡大を遂げる。

    (2)自己犠牲の要素はなし。救いもなし。

    (3)第3幕後半までは恋愛要素が少ないながら、1幕終わりのジークフリートの鍛冶の歌、2幕の森の小鳥の歌などの声楽部分が充実。「ラインの黄金」の反省からか。

    [その他]
    「ジークフリート」公演の成否は、1幕前奏曲からさっそく現れる、付点音符付きの「ニーべルンク族」の動機が活気と精彩に富むかに、かなりかかっていると考える。1幕開始後、ミーメが金床を打つあの金属的なリズムの動機である。ここが上手くいくと、一幕は一気に聞ける。ここがダルだと、1幕の長さが耐えがたくなる、後の幕も推して知るべしである。

    以上


  8. 11月28日(木)午後2時から午後5時半ごろまで
    ワーグナー、神々の黄昏

    ▼巌谷島照久の解説

    8. 巌谷島照久の「神々の黄昏」解説

    「神々の黄昏」について

    [曲について]
    「神々の黄昏」は、「ニーべルングの指輪」の最終作。時に1874年、ワーグナー62歳
    中断期間10数年を含みつつも、26年にわたる制作期間を要した大作の作曲を終えて、さすがのワーグナーも感極まったか、スコアの最終頁の余白に、1874年11月21日、ヴァーンフリート荘にて完成。これ以上もはや何も言うまい、と記してある。

    演奏時間 
    序幕と第一幕 約120分 第二幕 約90分 第三幕 約80分

    [ストーリー]
    [序幕]山上。
    夜明け前。ノルン三姉妹登場。岩山で智慧の糸を紡ぎ、互いの問答形式で、ここまでの経緯を歌に乗せて語る。話が神々の行く末に差し掛かる所で知恵の糸も切れてしまう。ノルンたちは神々の終末を予感して退場。夜が明け、ブリュンヒルデは、下界への冒険の旅へと気持ちもはやるジークフリートと、別れを惜しむ。そしてジークフリートは下界へ。ライン川を降りて行く。

    [第一幕]
    [第一場]ギービッヒの館
    豪族ギービッヒ家の当主グンター、その妹グートルーネ、そして腹違いの弟ハーゲン登場。
    弟ハーゲンは、ギービッヒ家の為に、当主グンター、妹グートルーネがいずれも未婚なことを嘆く。「無双の英雄ジークフリートをグートルーネに。そしてブリュンヒルデをグンターの妻に迎えよう」と二人に提案。二人は承諾。グンターは、眼下のライン川を下るジークフリートを呼び止め、客に招く。
    [第二場]歓待の飲み物にハーゲンが混ぜ媚薬と忘れ薬が効き、ジークフリートはたちまちグートルーネを愛する。そして、義兄弟の契りを交わしたグンターのため、ブリュンヒルデを略奪するべく岩山に出発する。
    [第三場]一方、岩山では、ジークフリートとの愛の思い出にふけるブリュンヒルデの前に、戦乙女ワルキューレの異母妹ワルトラウテが登場。ウォータンの窮状と神々の終末を避けるため、ブリュンヒルデの指輪を要求する。ブリュンヒルデは、ジークフリートへの愛のためこれを拒否。失望したワルトラウテは退場。入れ替わりに、隠れ兜の魔力によりグンターに化けたジークフリートが登場。驚き、抵抗するブリュンヒルデに「私はグンター。貴女を所望する」と言い、指輪を略奪。力をうしなったブリュンヒルデは、彼の意のままとなる。

    [第二幕]ギービッヒ家の館
    [第一場]夜。眠っているハーゲンの前に、アルベリッヒが登場。首尾よく指輪を奪えとハーゲンに話す。
    [第二場]ジークフリートが戻り、ハーゲンに、ブリュンヒルデの拉致成功を告げる。
    [第三場]夜が明け、ハーゲンはギービッヒの郎党を招集する。突然の招集に戸惑う郎党も、ハーゲンが「グンターが結婚する。ついては祝いの準備を」との話に、驚き喜ぶ。
    [第四場]憔悴したブリュンヒルデがグンターと共に現れ、一同は慶事に沸く。そのあと現れたジークフリートとグートルーネの姿を見て、ブリュンヒルデは驚愕。しかもグンターが略奪したはずの指輪がジークフリートの指に光っているのを見て、彼女は、すべてが謀略だと悟り、グンターとジークフリートを面罵する。グンターは動揺。しかし薬が効いているジークフリートはブリュンヒルデの告発を意に介さない。ジークフリートとグートルーネは退場。
    [第五場]面目を潰され恥辱に塗れたグンターと、怒りに燃えるブリュンヒルデが残る。ハーゲンは二人に、復讐のためのジークフリート殺害を持ち掛ける。ハーゲンはジークフリート亡き後、指輪を奪いたい。同床異夢の3人はジークフリートの殺害で一致した。

    [第三幕]夜の森
    [第一場]ライン川湖畔
    三人のラインの乙女が、序夜「ラインの黄金」以来久しぶりに登場。失われたラインの黄金を嘆いていると、湖畔をジークフリートが通りかかる。ハーゲンが仕組んだジークフリート殺害のための夜の狩りの中、道に迷ったのだ。指輪の返還を迫るラインの乙女のうるささに、返還しかけた彼だが、彼女らは意外にも返還を拒否し、彼の命旦夕に迫ると警告し退場。
    [第二場]森の中
    夜が明け。ジークフリートとハーゲン・グンター一行は合流。その休憩時、ハーゲンの問いに答え、ジークフリートは自分の冒険一代記を語りだす、その時、飲み物にハーゲンは麻薬の解毒剤を注入しジークフリートに手渡す。飲んで記憶の戻ったジークフリートは、ブリュンヒルデへの愛高らかに歌いだす。動揺する一同の前、ハーゲンは、擬誓を罰すとしてジークフリートを殺害する。
    [第三場]ギービッヒの館
    何故か不安におびえるグートルーネの前に、狩りから帰ってきたハーゲンらがジークフリートの死体を運ぶ。動転するグートルーネ。ハーゲンとグンターは指輪の呪いか諍い、ハーゲンはグンターを殺害。ジークフリートの亡骸から指輪を奪おうとする。そこにブリュンヒルデ登場。すべてを悟った彼女は、ジークフリートの後を追うことを決意。彼女は指輪を取り戻した後、ラインの乙女に返還。指輪を追うために現れたアルベリッヒは、ラインの乙女たちに水中に沈められ、破滅する。ブリュンヒルデは薪を集め、ギービッヒ館もろともジークフリートを火葬。その炎は遠くワルハラにも延焼し、神々の世界は終局を迎える。そして人間たちの時代が始まる。 幕

    [特色]
    (1)恋愛は、謀略と打算のもとに打ち砕かれるが、大詰ですべてが炎のもと浄化される。
    ( 2)この大詰は「ブリュンヒルデの自己犠牲」と称される。しかし、彼女の自己犠牲で何を救済したのか今一つ判らない。指輪の返還による、生態系の救済か? 窃盗品の返還による社会、いや世界の秩序の救済か?
    (3)男声中心ながら合唱がすばらしく見事。ヒーロー、ヒロインそれぞれに見事な独唱部あり。管弦楽の名品にも事欠かない。

    [そのほか]
    最高の出来。
    作曲者にならおう「これ以上もはやもう何も言うまい」

    以上


    以上5から8「ニーベルングの指輪四部作」
    クナッパーツブッシュ、バイロイト(1957)
    ホッター、ヴァルナイ、ヴィントガッセン、アルゼンホッフ、ニルソン、ヴィナイ、グラインドル、ナイトリンガー、グリュンマー
  9. 12月5日(木)午後2時から午後5時半ごろまで
    ワーグナー、パルジハル
    クナッパーツブッシュ、バイロイト(1962)
    ロンドン、タルヴェラ、ホッター、トーマス、ナイトリンガー、ダリス

    ▼番郷本の解説

    パルシファルについて

    ワーグナーの遺作。
     人間の精神と言う井戸の底に並々と溢れる、直視するさえ難しい嘔吐感さえ催す黒々とし苦悩の実態を、本人と共に、本人の目と心そのものになって、味わい苦しみ尽くし対決すること。これが「共苦」であり、共苦を通じての救済がこの楽劇のテーマであると言われる。
    ここで彼は、救済のためには愛さえも捨てよというテーマを再び強く打ち出した。

     さて出所さえ不確かな以前の噂だが、かつて、ミラノ・スカラ座が映画監督・黒澤明に「パルシファル」の演出を依頼しようとする動きがあったと聞く。ならば、日本風の、武者と若者・狂女が彩る「パルシファル」はぜひ実現してほしかった。
    この噂を契機に作成した「パルシファル」演出プランを今回手直しして、以下呈示する。これは、私の現時点でのパルシファル観とも読める。

    [1幕]
     舞台は日本、原子力発電所。グルネマンツは、初老の社員。先ごろ起こった大地震による原発事故によく対処するも深い心的外傷を負った所長アンフォルタスの心身を、案じている。
     パルシファルは見学者の少年として登場。グルネマンツが話すこれまでの様々な経緯を、彼は理解できない。同じく心的外傷に苦しむクンドリーも登場。彼女は職責でアンフォルタスを篭絡するも、そのため大地震・原発事故で最愛の人を亡くしたのを自らの所為とし、死に勝る苦悩を抱いている。
     防護服に着替え、場面転換。聖杯堂は所内会議室。聖堂の騎士は幹部社員と地元有力者。アンフォルタス登場。アンフォルタスの傷口は、数基の原発の大きなひびとして示される。彼は原発爆発を止められなく大きな犠牲を出したにも拘わらず、作られた英雄として称えられ、また所内では蔑まれている。かつてクンドリーに弱点を握られ、そのため自ら察知していた原発の脆弱性を放置する案に賛成させられた。自分のせいで事故が起きたと果てしない苦悩を負う。さらに、大震災で傷つき、再稼働するやいつ爆発するか解らぬほかの数基の原発の再稼働を強いられても抗えない。
     苦悩し再稼働決定を渋るアンフォルタスに、社長ティートレルは業務を下し、一基のまだ傷が少ない原発が再稼働する。聖杯は、原発のミニチュアとして表現される。
    儀式は終了し、パルシファルは追放される。

    [2幕]
     舞台は東京、六本木と渋谷。六本木ヒルズがクリングゾール城のモデル。クリングゾールは過激な言動で発電所を負われ逆恨み。所員を金と性で自らの会社に転職させる。表向きはバイオ会社の真の目的は、原発テロ。元所員がそれと知らずに破滅へのプログラムを作成するの見るのは彼の喜び。下界の六本木クラブ街・渋谷の風俗街円山町が花の乙女の園。この幕でのクンドリーは東電ОL事件の主人公をモデルとする。クリングゾールが投げた槍をパルシファルが投げ返すと、送電盤が破壊され、東京は真の暗闇に。
     電気=文明。槍はここまでは送電線を支える鉄塔(電気文明の象徴)として表現されるも、パルシファルの手に取られた瞬間、枝葉を付けた木の槍(自然の象徴)と変わる。

    [3幕]
     発電所=聖杯城の状況は悪化。さらにに危険な原発の再開をアンフォルタスは拒み、舞台は緊迫。パルシファルが登場し、原発は槍から溢れる樹液で傷は槍で癒される。クンドリーの苦悩も圧倒的な緑に包まれ、癒されてゆく。あらゆる汚染を飲み込む植物が一気に繁茂。原発も、機械文明も、すべてが緑になり暗転、終了。

     長くなったので、「神々の黄昏」「マイスタージンガー」については、当日、時間の余裕に応じ述べる。ここの素晴らしいサウンドで、バイロイトの音楽空間がどう再現されるか、大変楽しみだ。


  10. 12月12日(木)午後6時から午後9時ごろまで
    ワーグナー、ニュールンベルグのマイスタージンガー
    クナッパーツブッシュ、ウイーンフィル、(1950)
    シェフラー、エ―デルマン、トレプトウ、デルモータ、ギュ-デン

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