時代を超えてよみがえる巨匠たちのレコード演奏会
(第103回プログラム)


主 催 SP・LPクラシックレコード音楽研究会 代表丹野井松吉
レコード演奏家 会員岩屋島照久
日 時 令和2年7月25日(土)
午後1時から午後6時半ごろまで
会 場 音pub Westminster house(電話 090-3345-2124)
東京都台東区蔵前三丁目17番4号 蔵前妙見屋ビル4階
地下鉄大江戸線蔵前駅下車2分、寿三丁目交差点1階花屋
会 費 1,000円


曲目と演奏

  1. バッハ
    平均律クラヴィア曲集より前奏曲とフーガ第1番ハ長調ほか
    シューベルト
    さすらい人幻想曲
    即興曲作品142-2
    楽興の時作品94-2ほか
    メンデルスゾーン
    無言歌集より
    シューマン
    交響的練習曲作品13
    幻想小曲集作品12よりほか
    ブラームス
    コラール前奏曲作品122より
    ラプソディピアノ小曲集作品119の4
    演奏 エリー・ナイ(ピアノ)

  2. シューベルト
    ピアノ三重奏曲第一番作品99
    ピアノソナタ第9番作品120
    演奏 デイム・マイラ・ヘス(ピアノ)
       イェリー・ダラニー(ヴァイオリン)
       フェリックス・サモンド(チェロ)

  3. シューベルト
    ピアノ五重奏曲「鱒」
    演奏 マリア・ユージナ(ピアノ)
       ベートーヴェン弦楽四重奏団員ほか

  4. シューベルト
    ピアノソナタ21番
    演奏 エディット・ピヒト=アクセンフェルト
       (ピアノ)

  5. ブラームス
    ピアノ協奏曲第2番

    演奏 アンネローゼ・シュミット(ピアノ)
       ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
       ヘルベルト・ケーゲル(指揮)


岩屋島照久会員のコメント

 激変する20世紀の激動の政治・社会体制をたくましく生き抜いた五人の女流名ピアニストを取り上げた。

 エリー・ナイは1882年ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。バックハウスより2歳、フルトウェングラーより4歳年上である。1968年、86歳で没。1937年ナチに入党し、第三帝国の御用ピアニストとして活躍。このためか戦後の演奏禁止期間は、7年間にも及んだ。復帰後は死の年まで活動を続けた。
たいへんゲミュートリッヒ(『多感で快い』[故・吉田秀和氏の名訳])な演奏を多くレコードに残した。
この優しく深く微妙な表現と、「総統のピアニスト」とまで呼ばれた反ユダヤ主義者が一人の中で両立するとは・・。それは人の性、当然あることだとも思いつつ、私はこの夢のように美しい演奏を聴きつつ、やはりナチスとの関係が僅かに頭をよぎり、何か文脈が違うようだが「アウシュビッツの後でドイツ詩を書くのは野蛮である」というドイツの哲学者アドルノの言葉を、つい思い出してしまう。皆さんはどう聞きますか?

 デイム・マイラ・ヘスは1890年ロンドン生まれのユダヤ系イギリス人。第二次世界大戦中の戦火のロンドンで敢然としてピアノの演奏会を続け、41年「デイム」の称号を受ける。
1965年に75歳で没。
温雅ながら力強いその芸風は、弟子のスティーブン・ビショップ・コヴァセビッチに受け継がれている。英国のため、ユダヤ人を受け入れてくれる祖国のために尽くした彼女。
仮にイギリスがナチスドイツに敗戦していたら、彼女の処置は「演奏禁止7年」程度で収まっただろうか?
独英それぞれのミューズとして、戦時中両国の国民を力づけたナイとヘス。両者のシューベルトは、味わいは少々違えども同じくたいへんな美しさを持つだけに、その感慨は微妙である。

 マリア・ユージナは1899年に生まれたユダヤ系ロシア人。1970年71歳で没。ショスタコービッチとは音楽学校からの同級生にして友人。スターリンがその演奏を愛したことでも知られる。ソ連内に生涯とどまり、強烈なロシア正教信仰のため、宗教を弾圧する政府を批判しつつも、戦時中のモスクワ、レニングラードにとどまり市民のために演奏を続けた。さまざまなエピソードと録音を残した彼女だが、今日取り上げる「鱒」は、室内楽ながら彼女の強い表現が、演奏全体をリードしている感がある。結果、この曲でよくあるのんびりしたサロン性は後退し、その代りに攻撃性さえも感じさせる如き精気が前面に出、結果、曲自体のイメージの転換さえ強いるような鮮烈な演奏となっている。
これも、皆さんはどう聞くだろうか?

 エディット・ピヒト=アクセンフェルトは1914年ドイツ南部フライブルグ生まれ。著名な医師を父に持ち、35年にデビュー、37年にショパンコンクール入賞。47年から80年まで地元フライブルグ音楽大学の教授。多数の弟子を育てつつ、世界各国でチェンバリスト・ピアニストとして活躍。2001年87歳で死去。戦中のキャリアはあまり語られていないようだが、この人も、ナチ政権下でデビューし、直後ショパンコンクールに入賞した以上、当時の体制に関係せざるを得なかったのではないか。彼女の夫は「アウシュビッツとヒロシマ以後の哲学的考察」の著書も持つ著名な哲学ゲオルク・ピヒト。夫妻で当時どのような会話が交わされたのだろうか?
このシューベルトのソナタは、何か別の世界に私たちを誘うような趣のある、静謐な演奏である。

 アンネローゼ・シュミットは1936年東ドイツ・ウィッテンベルク生まれ。生地の音楽学校の校長である父親からピアノを学び、56年シューマン国際ピアノコンクールで優勝。70代に入ってピアニストは引退したが、現在83歳で健在。
東ドイツ・1の女流ピアニストにして、東ドイツ書記長の愛人とまで噂されたその美貌から想像される芸風とは異なり、意外にもここでのブラームスの演奏は、最初に聞いたエリー・ナイに近い内省的なもの。静かな第3楽章に、特にその特徴が現れている。彼女も権力・政治の身近でキャリアを作ったピアニストだと推察されるが、このすがすがしい演奏からは、そのような雑味は私には一切感じられない。

 以上五人。戦争や政治に翻弄されながらも、彼女たちがその心の中に築き上げた音楽の王国の風景を、ゆっくりと味わってほしい。

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